Oiso Story

僕らが初めて会った2017年の夏。同じ年の秋にはこの映画の撮影がスタートしていた。そして、今は2020年。現代の時間感覚から言えば、この映画のことを話すには月日が経ち過ぎているようにも思える。この映画で僕らが使ったカメラはもはやヴィンテージと言ってもいいし、顔は覚えていても名前を思い出せないスタッフがいるのも正直なところだ。

昨年の10月、韓国・釜山でこの映画のワールドプレミアが行われた。上映が終わった時、僕は一礼するのと同時にヨッシャと飛び上がるような、そんな気分だった。僕たちはやり遂げた。そして皆と乾杯し、この仕事が終わったのだ。

僕が決して予想していなかったこと。

それは香港公開に向けて作られたポスターが僕を激しく打ちつけたこと。

ある殺人 落葉のころに

脚本を受け取った時、迷うことなくこの作品に全力を注ぐことを決めた。国際チームで日本を舞台にした長編映画の撮影監督という願ってもみないオファーである。この機会にとても感謝した。しっちゃかめっちゃかな状況に直面しても、いつもより幾らか紳士的に振舞うことができたのは、それが理由だ。

真の能力や知識ではなく、小手先の技術や安易な方法によってそれまでの僕はやり過ごしてきた。そんな僕を『ある殺人、落葉のころに』の撮影はギリギリの状況にまで追い込んだが、またとない機会として取り組んだ。良くも悪くもそうした機会は誰にでも訪れるものではない。だから、これを幸運と見なすべきなのだ。素晴らしい解決方法が見つからなかったとしても、愚直にやり切る。それが満足へとつながり、それこそが最大の喜びとなるのだ。

このインディペンデント映画はキャメラマンとしても一個人としてもその後数年における人生の原動力になった。芸術的側面も持たず、楽しくもない日銭を稼ぐための仕事は手放した。実直に生活していければ良い。楽な道ではないが、それも良いだろうう。

どうしても時々思ってしまうのは、僕の地元・油麻地(ヤウマテイ)の映画館に貼られた『ある殺人、落葉のころに』のポスターをこの目で見たかった、ということだ。

撮影後、日本を訪れた時に監督の三澤が僕を映画サークルに呼んだ。その映画サークルは彼と彼の卒業したフィルムスクールの学生たちによって行われている。お金のためではなく、世界、そこで生きる者の営み、そして自分自身を見つめることがクリエイターとしての究極の目的であることを、そこで思い出した。

この映画を撮影した者として、良い雰囲気の中でみんなに僕らの映画を見てほしい。そしていつかみんなと笑って語らいたい

Tim

三澤拓哉

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